ドナルド・フェイゲン

ドナルド・フェイゲン「サンケン・コンドズ」

フェイゲンの新作、今回はついにハイレゾ配信とCDが同時リリースである。なにしろ今や高音質の代名詞。本人がどう思っているかに関係なく、音質への期待は高い。「Aja」の冒頭、『ブラック・カウ』の極上サウンドが空間に放たれてしまった時からの宿命ともいえる。さらにファースト・ソロ「ナイトフライ」が初期デジタル録音の金字塔としてサウンド・チェックの定番と化してしまうという不幸(?)もあってか、新作のみならず再発であっても、「で、音質どうなの?」がフアンの合言葉に。

ハイレゾ・フォーマットへの対応も早く、82年の「ナイトフライ」、93年の「カマキリアド」が02-03年にDVD-Audio化されたのを皮切り、もう、あらゆるハイレゾ・フォーマットでリリースされている。

2002-03年  DVD-AUDIO版
2004年 DualDisc 版「ナイトフライ」DVD面
2006年 3作目「モーフ・ザ・キャット」の初回限定盤DVD
2007年 MVI DVD版「 Nightfly Trilogy」
2011年 SACD版「ナイトフライ」( DVD-AUDIO版を変換)
2011年 米HDTracksダウンロード配信開始
2012年 国内e-onkyoダウンロード配信開始
前作「モーフ・ザ・キャット」ではCDの初回限定盤付属のDVDにハイレゾ音声が収録されていた。もちろんメインのリリースはCDである。だが今回はどっちがメインかわからない。米国ではHDTracks、国内ではe-onkyoから88kHz/24bit で同時に配信開始である。

 ではもうリリースのメインは配信かというと、こと日本ではそうでもないのだ。10/16付のオリコン洋楽アルバム・ デイリー・チャート1位を獲得すると、10/29付のウィークリー・チャートでも2位。洋楽CDチャート自体の低迷ぶりはあったとしても、CDはちゃんと売れているのだ。まだまだ音楽パッケージに対する需要はあることがわかる。

 「サンケン・コンドズ」のCDは見開き二つ折りの紙製ジャケット。前三部作「ナイトフライ・トリロジー」と違って今回はフェイゲンの姿はジャケットのどこにもない。海底に沈む高層マンションのような建造物が描かれた表ジャケットは、Sink(沈む)の過去分詞形SunkenとコンドミニアムをあらわすCondosのタイトルに呼応しているようだ。

見開き内側にはその海底に沈んだコンドズの室内を漂う女神のような女性の姿が描かれている。米国の住宅計画の破綻(サブプライム問題?)やドビュッシーの「沈める寺」からの影響をインタビューで語っていたので、アルバムコンセプトを考えながらジャケットを眺め、歌詞を追いながら聴く、配信には希薄な従来のパッケージメディアならではの楽しみが味わえる。

 サウンドの傾向、特にリズム面は前作から大きく変わっている。前作の強靭なリズムは後退し、本作にはアートワークに通じる浮遊感や、沈み込んでいく酩酊感がある。共同プロデューサーに名を連ねたマイケル・レオンハートの貢献もかなり大きそうだ。

 17歳でグラミーを受賞し神童と騒がれたトランぺッター。96年からスティーリー・ダンのツアーに参加し、その後ダンのスタジオ・アルバム2作にも参加している。歌の合い間を漂っていくホーンやキーボードのプレイも特徴的だが、それよりも前作からの違いが顕著なドラムプレイ。

前作で強靭なリズムを叩き出していたキース・カーロックが今回は不参加。代わりに全曲でドラムを担当しているアール・クック・ジュニアなる人物は実際はレオンハートの変名だという。ついでに同じくリズムを形成するハーラン・ポストなるベーシストはフェイゲンが弾くシンセ・ベースのクレジットとのことだ。

そうすると9曲すべてがレオンハートのドラムであるばかりか、そのうち4曲がフェイゲンのシンセとのリズム・セクションになる。真偽のほどはともかく、2人によるインティメイトなスタジオ・ワークによってアルバムの骨格が作られて行った様子が想像できる。これが本作の大きな特徴につながっているのかもしれない。

 サウンドはハイレゾとCDではやはり違う。空間に余裕が

あり、サウンド・スケープが広がるハイレゾと、中域がぶ厚く、前に押し出してくる圧力の高いCDの音。

 例えば1stシングル『アイム・ノット・ザ・セイム・ウィズアウト・ユー』。「ナイトフライ」収録の『グリーン・フラワー・ストリート』を思わせる快速チューンだが、イントロが終わりヴォーカルが入ってくるところでハイレゾ版は空間の広がりを感じる。歌のまわりに余裕があり、風通しがいい。CD版では歌の周りに音が密集し、厚みがある。

 本作の聴き所となっているギター・ソロも同様だ。おなじみジョン・ヘリントンによるブルージーなソロ。ハイレゾ版ではバックの演奏から浮き上がり、遊離しているが、CD版ではバックの演奏と一体化したサウンドに。『プラネット・ドロンダ』におけるカート・ローゼンウィンケルの息をのむようなジャジーなギター・ソロ(必聴!)では、ハイレゾ版は細部のニュアンスがより鮮明に響く。主張が強いのはCD版だ。

どちらがいいか、という問題ではないと思うし、お手持ちのシステムとの相性もあるかと思う。どちらにしてもスティーリー・ダン=フェイゲン印のサウンド・クォリティは今回も保証されている。